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東京高等裁判所 昭和24年(新を)280号 判決 1949年12月10日

控訴人 被告人 川合敏雄

弁護人 内藤惣一 水上孝正

検察官 渡辺要関与

主文

原判決中被告人に関する分を破棄する。

被告人を懲役八年に処する。

理由

弁護人内藤惣一、同水上孝正の共同控訴趣意は同人等共同作成名義の控訴趣意書と題する末尾添附の書面記載の通りである。これに対し当裁判所は次の通り判断する。

第一点刑法第二百三十八条の窃盗が逮捕を免れるため暴行脅迫を加えたという準強盗罪の成立には犯人が少くとも窃盗の実行行為に着手したことを要するのである。しかして窃盗の目的で他人の家に侵入してもこれだけでは窃盗の実行着手ではない。其の着手というがためには侵入後金品物色の行為がなければならない。原判決が認定した事実は被告人は昭和二十四年一月二十九日午後十一時頃判示のような事情から窃盗の目的で判示川合嘉平方に赴き同家北側の窓に足を掛け屋根に登り屋根伝いに二階南側の雨戸の開いていた箇所から同居宅に侵入した折柄同家二階六疊間に就寝中の前記嘉平が其の物音に目覚めて起き上り飛び掛つて来たので其の逮捕を免れる為矢庭に同人を力委せに突き倒して其の後頭部を後方の障子に打ちつけ因つて同人をして右シヨックに因る心臓麻痺のため即死するに至らしめたのである。而して右事実(死因の点を包含する)は記録並びに原審の取調べた証拠(殊に死因については鑑定書)によつても誤認がないのである。なお被害者に所論のように心臓病患があつたとしても右事情は普通あり得る事情であるから被告人の行為の因果関係を中断することはない。故に因果関係中断に関する論旨は理由ないのであるが右の様に嘉平方に侵入しただけでは未だ窃盗の実行行為の着手とは認められない。従つて右事実は準強盗でなく従つて嘉平を現場で死に致しても強盗致死罪の成立がない。単に傷害致死罪の成立があるだけである。しかるに原判決が右事実に対し刑法第二百三十八条、第二百四十条後段の規定を適用したのは擬律錯誤の違法があつて右違法は判決に影響あること明白である。

原判決はこの点に於て破棄を免れない。故に刑の量定論旨に対する説明は省略する。

上述のように原判決は破棄を免れないが事件は当裁判所に於いて原裁判所で取調べた証拠で直ちに裁判することができるから刑事訴訟法第三百九十七条第四百条により自ら裁判する。

原判決の認定した事実を法律に照すと被告人の傷害致死の所為は刑法第二百五条第一項に該当するから其の刑期範囲内で被告人を懲役八年に処すべきものとする。

住居侵入の点は公訴の提起ないものと認めるからこの点については法律の適用をしない。

仍つて主文の通り判決する。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)

控訴趣意書

第一点原判決は「第一被告人川合敏雄は(中略)宿泊料に窮したる結果窃盗をしようと決意(中略)同月二十九日午後十一時頃遠縁に当る(中略)川合嘉平(当六十九年)方に赴き(中略)同居宅に侵入した折柄同家二階六疊間に就寝中の前記嘉平が其の物音に目覚めて起き上り飛び掛つて来たので逮捕を免れる為め矢庭に同人を力委せに突倒して其の後頭部を後方の障子に打ち付け因て同人をして右ショックに依る心臓痳痺のため即死するに至らしめ」と判示し刑法第二百三十八条同第二百四十条後段を適用して処断したり、然れども、

(一)本件に於て被告人の所為を所謂準強盗と解すべきや疑問あり、強盗の意思なきことは原審の認むるところ、窃盗の目的で住居に侵入したる際、相手方から積極的に暴行に出られた場合に之れを防ぐための所為、即ち本件に於ては被告人が住宅に侵入した瞬間、事実上窃盗に着手する迄に至らない際被害者が突然飛び掛つて来たもの、本能的と云うか兎に角之を防ぐために無意識的に夫れを突き倒したもの、只これだけのことが所謂準強盗罪に該当するや極めて疑問なり、本件は事実上窃盗にも着手して居らぬ際の出来事なることは記録に於ても亦原審判示に於ても明白なるところ、刑法第二百三十八条は財物を得てからか若くは得んとして被告人の所為が積極的に進行したる場合に於て初めて適用せらるべきものにして、其以前の所為は該当せざるものと思料す。果して然らば原判決は法の適用を誤りたる違法あるものなり。

(二)原判決は被告人が突き倒したため後頭部を打ち付けたことが直接の原因で其ショックで心臓麻痺を起し即死した旨判示するも原審摘示の医師鈴木完夫の鑑定には「頭部に於ては皮膚骨に損傷なく頭蓋骨下に出血あるも此程度の出血にては即死的致命傷とはなり得ず、本屍は前述の如く外力により生じたる損傷のみにては即死的致命傷とは思われず、又他の臓器に致命的病変を発見せず本人の有せる心臓疾患のため外力の作用したるショックにより心臓麻痺を発せるものなり(記録六十七丁)とあり、被告人の突き倒したこと夫れが致死の原因にあらざることは明かなり、そこで外力の作用したショックとは何か、被告人の姿を認めて被害者自身が飛び付く際に生じたものか夫れ共被告が押し倒した際に生じたものか之れは不明なり、若し被害者が飛び付いた際其のショックで心臓麻痺を起して死亡せるものならば被告人は無関係なり、被告人の力が作用したものとしても被告人が殺したものではなし、ショックによる死亡なり、普通の人間ならばこんなことでは死亡せざるもの、夫れが被害者に心臓疾患があつた為めに死亡したるものなり、然らば茲で原因結果の関係は中断せられ被告人の所為と死亡との間には関係ないものと解せらる。

兎に角こんな事案に強盗人を死に致したるときはと云う条文を適用して処罰することは無理なり、此鑑定書によつて被告の殺人を認むることは誤りなり、確かに審理の不盡であり採証を誤つた等の違法もあり亦事実誤認あり。

以上の理由により原判決破毀の上愼重なる御審理を希う次第なり。

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